乳がん患者の心得(1)
4月、近所のクリニックで超音波エコーを受診し、がんの確率7割以上と告げられた。
細胞診の結果は後日に、ということで会計を済ませて外に出た。寒くて天気が良い。
さて、がんになったら、まず何をしたらいいのだろう。普通はどうするのだろう。
とりあえず高い所にでも登ってみようと車で5分ほどの高台に行く。
告知された瞬間から空の色が違って見えるという話を聞いたことがあるが、
乾燥した空気と、まだ芽吹く気配すらない薄茶色の木々の上に広がる空は、
いつも通りの空だった。いつも通りじゃないのは自分だけなのか。
あの診察の1時間を前後して、こんなにも劇的な変化があった自分と、
何も変わらない空。現実なのだと受け入れざるを得ない、圧倒的に現実の空だった。
携帯で「乳がん告知」と検索する。どうやら本を買いに行くといいらしい。
まずは敵を知れということか。なるほど。本屋に行って初心者向け乳がん本を買い
先ほど医師に言われた症状はどのレベルなのか当てはめてみる。ⅡBってところか。
生存率、根治、なんとかなるかもしれないと勝手に判断し、妹と友人ぽんちゃんに
メールする。
本によると乳がんの治療期間は長いとあったので、ここで退職に追いやられる
わけにはいかない。生きていかなければならないのだから、妙齢独身の私には
それなりの根回しをせねばなるまい。細胞診の結果すら出ていなかったが、
一か八かで上司に報告した。治療中は仕事に影響が出るが、復帰します、
やる気バリバリっすと大いにアピールする。完全にフライングで空回りだ。
誰かに話をしたかっただけなのかもしれない。友人や家族は、きっとものすごく
心配してくれる。申し訳ない気持ちになる。こんな面倒くさい病気になって
ゴメンと思う。上司も心配はしてくれるだろうが、友人や家族のそれとは違う。
淡々と事実だけを話したかった。上司にとっては迷惑だと思うが、知ったこっちゃ
ない、こっちはがんなのだ。
数日後、クラスV、乳がんであると連絡を受ける。やっぱりか。
細胞診の結果が出るまでの1週間、ひたすら耐えた。この1週間が一番しんどかった。
何もわからない、何をどうしたらいいかわからない、何と向かい合ったらいいのか
わからない、何がわからないのかわからない。知識がないというのは、ただ闇雲に
恐ろしい。
でも大丈夫。ひたすら怖い、恐ろしいと怯えて暮らす日々には限りがある。
泣けるなら泣いたらいい。すがりつける人がいたら、すがってみたらいい。
何をしても、どう考えても、現実逃避したところで結果は同じ。乳がんなのだ。
私はとにかく耐えた。泣きもせず、喚きもせず、クラスVと聞くまで親にも言わず
ただ耐えた。全身全霊で落ち込んだらいい。ちゃんと突き抜けるから。
ずっと沈みっぱなしじゃないから。
不思議なんだけど、ちゃんと浮上するようにできてるらしいよ、人の心って。